オカルトクラブ

「おっすー」

 がらりと、夕日の差し込む教室の扉を開けば、そこに待つのはクラスメイトの三人。

「遅い! どうして呼び集めたあんたが一番遅いのよ!」

 宇野が入ると同時に両手を腰に当てて仁王立ちする霧崎葉月。常についてる気がする眉間の皺をどうにかすれば、もう少しモテるのに、とは思っても言ってはいけない。宇野も素直に手を合わせて、頭を下げた。

「悪い悪い、矢崎と最終確認してたんだよ」
「知らないわよ、そんなこと!」

 キッと睨む目は、言動ほど怒ってはないのだが吊り目ガチな目を細めると中々に威圧感がある。

「あの……葉月ちゃん。落ち着いて……」

 霧崎の隣に座る夏川文乃が、おずおずと口を出す。どこか守りたくなるような小動物感のある文乃は毒気を抜くおっとりとした笑みで霧崎に笑いかける。

「まぁ……文乃がそう言うなら……」

 流石に幼馴染の文乃からの一言は無下にできないのか、アヒル口で椅子に腰を下ろす。

「さすが文ちゃん、ナイス助け舟! そんな睨むなよ、霧崎」

 若干腰の引けた宇野に、文乃は困ったように眉尻を下げた。そんな三人の空気を読まず、足をパタパタとさせた橘が話題に割り込む。

「ねぇねぇ! それより本題! ゲームするからって言われたから来たんだよ僕は!」

 日焼けした手足を惜しげもなく晒しながら、ワクワクした目で宇野を見る姿は幼く、全会一致で後輩にしか見えなかった。

「じ、自由ね、橘……」
「まぁまぁ……じゃあご覧あれ! これが俺たちの自信作だ!」

 そんな橘の様子に力の抜けた霧崎は苦笑する。霧崎の笑いでようやくほぐれた場の空気に、宇野は満を持してカバンから『自信作』を取り出す。少しもったいぶってゆっくりとカバンからでてきたそれに三人の視線が集まった。

「……何これ、カードゲーム?」
「ん? 何これ毛むくじゃらな人の絵が描いてある」
「それ……狼男……」
「あー、なるほど! あ、これは分かるキョンシーだ!」
「後は……質問カードに……特殊カード……?」
「……あんた、本当に上手いわね、絵」

 それぞれが好きにカードを手にとり、そのクオリティに感嘆の声を上げる。様々な妖怪、モンスターの描かれたカードは見るだけでも楽しくなる程であった。

「そう! 名付けて『オカルトクラブ』!」

 そんな三人の様子に、満足気に頷いた宇野はゲームの名前を切り出した。

「んじゃ、やりながら改めてルールを説明するぞ?」

 二つくっつけた机を囲んで、4人は向き合った。机の真ん中にはデッキが二つ。

「分かったわ。まずは親決め?」

 霧崎が先に聞いたルールを頭の中で反復しながら、最初の工程を口に出した。

「そう! 親から時計回りに順番を回して、全員が親をやったらゲーム終了!」
「今回はあんたから親やりなさいよ。ルール説明、それが楽でしょ」
「だな。んじゃ、まず親が……この場合俺だな。が、オカルトカードを皆に見えないように引くだろ?」

 宇野はさっさと、ひとつの山からカードを引いて確認する。そしてサイコロを手にした橘を促すように視線を送った。

「で、僕たちがサイコロ振ってアイテムカードを手に入れればいいんだね?」
「そ、出た目の数だけアイテムカードを引く! 質問カード、回答カード、山分けカード、防止カードがあるからな」

 一本ずつ指を折って、宇野は得意げにカードを説明する。ちょっとだけ偉そうなその姿に、霧崎がツッコもうとするが、それを察した文乃は宇野に声をかけることでブロックしてしまう。そんな気遣いに誰も気づけない辺りが、ポンコツの集まりである。

「あの……それぞれ、どんな効果でしたっけ……」
「質問カードは名前そのままだな。回答カードもそのまま。親が何のカードを引いたか回答権を得る! 山分けカードは自分が答えなくても人のポイントを皆で分ける、防止カードは他人のアイテムカードをブロックする効果だ!」

 何の捻りもなかった。
 正確にはあったのだ。覚えにくい横文字の名前が矢崎によってつけられていた。宇野には覚えられなかったし、覚えていたところでそれを厨二病のない女子三人に説明する勇気はなかったが。

「てことは、回答カードがないと、分かっても答えられないってことだね?」
「そう、基本的に回答は手札を使い切った次のターンだ」
「……結構ややこしいわね」

 眉間を押さえて渋い顔をした霧崎に、文乃は不安げに首を傾げる。

「葉月ちゃん、大丈夫?」
「……たぶん」
「まぁ簡単に言うと、アイテム使って他人より早く、親のオカルトカードを当てようってだけの話だ!」
「そういうことだね……」

 シンプルなまとめ方に、三人が納得した顔で頷いた。
 カードの種類や、聞き慣れないモンスターやらの名前に浮足立つが、ルールとしてはそれだけ。簡単で奥が深い、を念頭に矢崎と二人で考えたこのゲームはやり方自体はそう難しくない。

「手札が多くても少なくても困るってことね」

 サイコロによって手札は1~6枚と幅がある。オカルトカードを当てるだけでなく、手札を使い切る必要がある。つまり他人に嫌でも情報を与えねばならない可能性がある、となれば闇雲に動くわけにもいかない。

「んー、僕もよく分かんないけど、きっとやれば分かるよ!」
「橘は分からないのに何でそんなに楽しそうなのよ……」

 手札とにらめっこして展開を考える霧崎と文乃を他所に、橘は気楽そうに、二ヘラと笑った。だが、勝利を見逃す気はないのか、その目は爛々と場を睨んでいた。 

「ふふーん、僕こういうカードゲーム好きなんだよね!」
「ま、カードを揃えたところでやってみようぜ!」
「んー、とりあえず山分けカードで」

 初手、霧崎の山分けカード。他人が回答してもそのポイントを分け合う。

「自分で当てる気ないな!?」
「捨てられるカード捨てておこうって……」

 自分と、そして他の二人の手札の枚数を考慮したからこそ。余計な情報を与えず、また自分の失敗を最小限に抑える。ある意味、とても守りに入った一手であった。

「あ、じゃあ僕それブロックで!」

 だが、その一手を橘は崩す。防止カードを差し込み、霧崎の山分けカードを無効化。楽し気に次の手を考える橘に、初手から1ターン無駄にさせられた霧崎は不満気に鼻をならす。

「で、そのまま僕のターンってことでいいんだよね?」
「そう、防止カードは後出しの差し込みカードだから自分のターンとは別物。ただし手札が早く減るぶん、回答までのターン数も減るけどな」

 宇野の説明を聞いて、橘は目を何度か瞬かせる。手札と周りを見渡して、ようやく自分のしたことを理解した。ブロックできると聞いたから出したが、ほいほい出せばいいわけでもないようだ、と。

「うわぁ……何だか余計なことしちゃった気がするよ……まぁいいや! 僕は質問カードで!」
「よし、受けて立ってやるぜ!」
「それは巨人ですか!?」

 数拍の沈黙が流れる。

「待ちなさいバカ。そのものを聞いたら回答カードと変わらないわ。反則よ」

 さっきからまるでルールを理解していない、本能のままであった。そこまでバカではないはずなのだが。

「あ、ごめんごめん」
「もう、脳まで筋肉なんだから」

 明らかにブロックの恨みを引きずっていた。橘が脳筋なら、霧崎は子ども脳である。宇野としてはどっちにもドン引きであった。

「……葉月ちゃん落ち着いて」

 そんな宇野の心を察した文乃はまたもフォローに回る。気遣いの塊である。そんな文乃の様子に気付くこともなく、橘は目を輝かせて宇野へ新たな質問を繰り出した。

「えっとねー……じゃあ、それは四本足ですか!」
「違うな!」
「くぅ……これで当たってたら……!」
「そしたら文乃で回答してこのゲームが終わっただけよ」

 霧崎は呆れたように橘を見やる。事前にオカルトカードの内訳は聞いている。その中で四本足などそうはいなかった。

「あ……そっかー、しかも手札使い切るか、回答カードいるんだもんね。やっと理解してきた!」
「それでワクワクした顔できるのが羨ましいわ」

 冷たい反応ながらも、いい加減、橘の気楽さにも慣れてきたのか、霧崎の口元には笑みが浮かぶ。気が強く口が悪いものの、世話焼きでもある霧崎の母性本能を上手く刺激した形だ。ようやく馴染んできた空気に、文乃は安心したようにほっと息を吐くと、自分の手札を切った。

「えっと、私ですね……質問カードで……それは日本の妖怪ですか?」
「違うな」
「意味深な笑みですね」

 まるで何かを隠すような。あるいはバカにでもするような。あるいは。

「カッコいいかと思って」

 3対の白い目が刺さった。
 宇野本人にその自覚はないが、何だかんだと矢崎に汚染されていた。

「文乃、こいつが何か考えてると思ったら大間違いよ」
「え、あ、はい」
「クッ……霧崎はきっついなぁ……ほれ、霧崎の番だぞ」

 少し項垂れながら、霧崎を促す。しばらく悩まし気にカードを見つめていたが、意を決したように場に出したのは質問カード。

「……それ、生きてる?」
「……死んでるな」

 頭の中で、選択肢が削れていく。残ったのは、三体。

「これ、やらかしたかしら……」

 自分に回ってくる保証がない。二人が万が一回答カードを持っているとすれば、かなりの確率で正解を引いてしまう。

「僕の番だ!」

 そして、流石にそのことくらいは理解しているのか、橘は嬉々としてカードを切る。

「受けて立ってやる!」

 まるで、因縁のライバルと対峙でもするかのような空気だった。明らかに霧崎や文乃とは雰囲気が違う。

「ここだけ別のゲームに見えるのよ……」
「ふふ……楽しそうだね」

 それを霧崎は困ったように笑いながら見守る。だが、文乃の顔には妖しい微笑が浮かんでいた。

「回答カード!」
「我が正体……見破れるか……?」
「えっと、すいません、それブロックで」
「「え」」

 場が最高潮へと達した瞬間、冷や水をかける様に、文乃の手から防止カードが切られた。
 綺麗にハモった橘と宇野。
 鳩が豆鉄砲とはこのことね、と静かに零す霧崎の言葉に、文乃はコロコロと鈴が鳴る様な可愛らしい笑いを漏らした。

「ぼ、僕の回答権は!?」
「なくなって、文ちゃんの番だな」

 無情な宣言に、がっくりと橘の肩が落ちる。勝負の世界は非常であった。

「すいません」
「笑顔が黒いぜ……」
「えっと、それでは、私も回答カードを」
「良いぞ、我が名を明るみに出すがよい!」

 気持ちを切り替え、文乃に向き合う宇野の様子は完全に矢崎である。三人に厨二病なカード名を告げる勇気はなくとも、カッコいいと思っている気持ちまでは消せない。うっかり溢れていた。
 だが、そんな様子もこのクライマックスで笑う人間はここにはいない。緊張を誤魔化すように文乃が小さく唇を舐めると、自然三人の緊張も高まる。そしていくらかの空白を挟み、文乃が勝負に出る。

「アンデッド、ですか?」
「くっ……」

 降参とばかりに両手を上げ、勝者を称える。可能性はもう何体かいたはずなのだが、文乃は己との賭けに無事勝利した。

「文乃、全部いいところ持って行ったわね……」
「あ、僕ゾンビって言おうとしたからどの道だったや」

 そんな間の抜けた呟きに、ようやく緊張感の解けた全員の笑いが教室に響いた。

「矢崎とあんたが考えたって言うからどれだけバカなゲームかと思ったら、案外面白かったわね」

 4試合を終え、霧崎が凝り固まった肩の力を抜くように細く息を吐いた。

「だろー?」

 自慢げに笑う宇野を否定する者はいない。
 否定しようにも、最終局面まで盛り上がってしまったのだ。否定するわけにもいかなかった。

「MVPは橘さん、だね」
「ふふーん、すごい? すごい?」

 ドヤ顔で笑う橘に、霧崎の冷たい目が刺さる。結局蓋を開ければ、橘の圧勝だったのだ。しかし。

「ほぼ勘じゃないの!」
「それでも当たっちゃうんだなー」

 得意げに笑う顔に、霧崎は不満気に唇を尖らせる。

「反対に霧崎はことごとく外したな」
「う、うるさいわね。次は勝つんだから!」

 そう結果的に、橘が優勝、霧崎のボロ負けであった。悪い手を打っているわけでもないし、間違ったことをしているわけでもないはずなのだが、いかんせん、橘の思い切りの良さと運に足元をすくわれた形であった。

「まぁ、でも次って言ってもらえるくらい楽しかったなら俺らも考えた甲斐があるな」

 言葉尻を捉えたようなものではあるが、満足気な宇野にわざわざ水を差すようなこともないと、流石に霧崎も不満気ではあるが頷いた。

「そういや、どうして宇野君たちは急に僕らにそんなの教えてくれるんだい?」

 そして全員が一息ついてようやく、橘が集められた理由に首を傾げた。交流のないメンバー、というわけではないが、いつも一緒の仲良しメンバー、というわけでは決してない。せいぜいが全員、宇野の知り合い、といった程度である。そんなメンツに声をかけた理由がイマイチ橘、そして霧崎や文乃にも思い当たる節がなかった。

「あぁ、それはな……部活を作りたいんだよ!」

 背景に『ドーン』とでも効果音がつきそうなくらい、堂々と宇野は言い切った。そこでようやく霧崎と文乃は自分たちに声をかけた理由に思い当たる。

「部活?」
「そう! 盤上遊戯部!」
「囲碁将棋部、みたいな?」
「そうそう! まぁやるゲームは俺らの自作だけどな!」
「……入れと?」

 二人が帰宅部だったからだ。特にやりたいこともなく、二人で過ごしていた彼女らは、部活を作りたい宇野や矢崎にとって非常に狙い目だった。

「名前貸してくれるだけでもいいから!」
「僕はいいよー、こういうの嫌いじゃないし」

 そして一番に名乗りを上げたのは、宇野の予想通り、橘であった。性格上、橘ならノってくれる。それが矢崎とあーだこーだとクラスメイトを批評し合った二人の結論だった。

「橘、あんた部活あるでしょ」
「だから毎回参加はキツいかもだけど、その辺は別にいいよね?」
「おう、サンキュ! 助かる!」

 元より、名前だけでも構わない、と思っている。どうせなら皆で遊べるに越したことはないのだが、流石にそれは望みすぎというものだという冷静さくらいは宇野たちとて持ち合わせている。
 そしてねだるような宇野の視線に、文乃もまた、困ったように笑いながら手をあげた。

「あの……私も……」
「文乃!?」
「すごく楽しかったから……名前だけでいいならと思って……」
「あー、もう! お人好しなんだから!」

 ここまでは矢崎との計算通り。
 後は、霧崎。

「……」

 先に了承した二人と、懇願する様な宇野の視線が霧崎に集まる。部活は最低5人必要だ。ここで折れるという選択肢はない。

「な、なによ!」
「あと一人なんだけどなー……」

 宇野がじっと霧崎を見つめる。

「そっかー、あと一人なんだー……」

 橘の目がちらちらと霧崎を見つめる。

「……葉月ちゃん」

 取りなすように文乃の視線が刺さり。

「もう! そんな目で見ないでよ! 名前貸すだけだからね! あんた達と遊ぶとは言ってないからね!」

 霧崎が落ちた。小さくガッツボーズした宇野に、文乃は優しく笑いかけた。

「……たぶん、葉月ちゃんは誘ったらやってくれるよ」
「そんな気はする」
「何よ!」

 そんな二人の評価に、唇を尖らせて、しかし反論もないのか、霧崎は視線を逸らした。

「霧崎は良い奴だなって話だよ」
「……」

 生暖かい空気に、霧崎は居心地悪そうに鼻をならした。

「まぁ、そんなわけで……」

 メンバーを見渡す。
 随分と濃いメンバーになった。
 だからこそ、もっと面白いことができる。その確信が、宇野にはある。

「いっちょ、部活申請してみますか!」

 橘の元気な掛け声に、文乃の控えめにあわせた手、霧崎の興味のない顔をしながらちゃんとだした声。
 何もかもバラバラなメンバーが一つになった瞬間であった。

 後日、矢崎は自分がそれに参加できなかったことに切なげにクレームをいれたという。

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